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 三宅克巳という水彩画家 Ⅳ 

 三宅克己が残した多くの水彩画を漫然と見ていると、時代ごとの変化が果してあるのかどうか、僕にはわからなくなるときがあります。大きな変化や起伏のなさは、表現に対する一貫した姿勢と捉えることもできますが、三宅本人は誰よりも変化の乏しい、マンネリに陥ることを嫌っていました。

 明治44年に刊行された『欧州絵行脚』(画報社)は、三宅3度目の渡欧を記し、人気を博した旅の本ですが、その緒言に 「・・・画を描くことが既に職業となれば濫作をやる傾(かたむき)は免れない。濫作は遂に単調、平凡、月並に陥らしめねばおかぬことは極まっている。独り絵画のみで無い。詩歌にせよ、小説にせよ、あらゆる藝術がこういう運命に陥るのは、実に已むを得ぬことである。自分もこんな経験をしみじみ味わって、遂に自己の作品に厭きて来たと同時に、自己の生活状態が余りに平凡、単調なのに倦み疲れてしまった。・・・」 と、マンネリを打開するために欧州へと旅したことを明かしています。
 職業画家として生きていくうえで次から次へと制作していくのはやむを得ない。ただ、そうすると自分の目指す方向性について腰を据えて考える余裕がなくなるからでしょうか、表現が次第に平凡で単調になるという危険を三宅は自覚しています。「そもそも写生の描法は、自らその図題によりて異なるものとす。たとえば日光強烈なる夏の日盛(ひざかり)を描くと、空気湿潤したる朝霧の図を写すとは、到底同一なる手法によりて、これを描写なすこと能わざるなり。」 と、三宅克己が明治38年に発行し、版を重ねたベストセラー 『水彩画手引』 で書いているように、表現が単調に陥らないための工夫のひとつは、旅をして描く対象や季節や時間を変え、気持ちを新たにすることだったのでしょう。むしろ三宅の絵画思想自体が、写生地における季節や時間などの諸条件にもっとも適した表現を自らの感性で選択し、その場のその時の魅力を伝えることにあったのだと想像することもできます。

 では、制作において三宅はいったいどのような工夫をしたのでしょうか。
 ここで三宅の2作品を見ていきましょう。どちらも冬の景色ですが、1点はフランスのカーニュ、もう1点は伊豆大場から富士を描いています。いずれも人や動物の動きを捉えていることからも、両作品の共通しているのは、描いた場所での一瞬を切り取って絵画化しているところでしょう。違いとしては、《カーニュ》が凹凸の深い粗目の紙を使用しているところが先ず挙げられます。三宅が粗目の紙を採用した例は比較的少ないのですが、描かれた対象がごつごつとした石造りの街並みであったからなのでしょう。水を多く含ませた薄い褐色系の絵具を刷毛で全体に塗って乾かしてから、それよりも少し濃い褐色を上から重ねていますが、凹凸のある紙の肌合いを利用して所々下塗りした薄めの褐色の絵具が顔をのぞかせています。それに対して《伊豆大場の富士》は比較的平滑な紙を使用しているので柔らかな印象を与えています。輪郭の処理も異なります。《カーニュ》は堅い構造物が多くを占めているので輪郭線がはっきりとしています。それに対して《伊豆大場の富士》は色彩の微妙な変化の美しさを表わすために、大地の下塗りに黄色が使用されていたり、強い輪郭を避けるためにウェット・イン・ウェットによる滲みや、片暈しの技法、細筆によるタッチを効果的に使ったりしています。

 ここに書き記したことは、三宅の水彩画のほんの一面しか捉えていません。それでも、皆さんが三宅の作品と出合ったとき、この画家がどのような感覚を鑑賞する私たちに与えたかったのか、そのヒントが紙の質感や下塗りに使われたと思われる絵具、輪郭の処理などの表現技法から見えてくることがあるかもしれません。 

                          (サイトウミュージアム学藝員 田中善明)

                 
   
  



《カーニュ》1925(大正14)年 サイトウミュージアム蔵






《伊豆大場の富士》1944(昭和19)年 サイトウミュージアム蔵